石田榮『 はたらくことは、生きること-昭和30年前後の高知』
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石田榮『 はたらくことは、生きること-昭和30年前後の高知』

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著者:石田榮   出版社:羽鳥書店 発行年:2016 サイズ:256×182×13mm ページ:200P 大正15年(1926)生まれの石田榮は、特攻隊を送り出す航空整備兵を経て、昭和25年(1950)に海外引揚者から譲り受けたカメラで写真と出会った。 戦後の日々を生き抜く中で日曜カメラマンとしての条件(家から近いこと、危険が少ないこと、日曜日でも仕事をしていること)を満たす撮影対象として、地場産業である石灰山、会社と同じ村の地引網、穀倉地帯の番長平野を選び、昭和30年前後の5~6年どの間、第一次産業で働く人々の姿を日曜ごとに撮影した。その後作品はネガのまま、60年間眠り続け、石田86歳(2012)のときに発表の機会を得る。こうして引越しのたび本能的に荷物の中に入れて生き延びた60年前のネガが、ある時代と地域の貴重な記録となり、感動を呼びながら現代に蘇った。2012年の大阪ニコンサロンの展示を皮切りに繰り返し全国で展示を重ね、2016年には関係者の尽力により、写真集として結実する。 作家的野心や功名心は時に珠玉の芸術写真を生む原動力となるが、過剰なエゴイズムが作家の人生を狂わすことも多い。石田の作品が多くの人の心を動かし職業作家も及ばぬほどの展示を繰り返し、心を動かされた関係者の手で写真集となる過程は作家的エゴイズムとは対極の物語である。 最終章には石田による覚書「白菊―高知海軍航空隊の後期整備兵として」が掲載されている。このことは、航空整備兵として特攻作戦に加わり、退路を断たれた状態で「後は頼むぞ」と言って出撃した同胞を見送った経験が戦後の石田の生きる原点になったことを示唆する。 戦後間もない時期に足掛け6年もの間働く人を撮り続けたことは後を託された人間として戦後復興の姿を写し取ることを石田の魂が欲したからであるように思う。 働く親の傍らで熟睡する子供の安らかさ、地引網の猟師小屋の素朴な佇まい、重労働に精を出すヨイトマケの女たち、破れ傘でメーデーに参加する女性、南米に出航する移民船。石田の眼差しは市井を生きる人々への深い共感に貫かれており、石田がとらえた昭和30年前後の高知の鉱山、漁村、農村で生きる人々の姿は、明るく美しい。困難な務めを日々果たすことによる肉体と精神の充足をこの写真集は生き生きと伝えてくれる。。ネガのまま半世紀の時を超えて私たちの前に蘇ったことの奇跡に感謝したい。